まるはなのみのみ

日記です。ときどき意見や感想。

【書評】 「アリの巣の生きもの図鑑」

さやばね用に書いた書評をここにも貼っておこう。
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「アリの巣の生きもの図鑑」丸山宗利・小松貴・工藤誠也・島田拓・木野村恭一著
2013年2月20日発行 東海大学出版会 4500円
「我が国の元首が生物学者であるばかりか、新種を命名記載されているということは世界に冠たる事実である」(平嶋,2012,「学名論」より)。この事実を持ち出すまでもなく、日本人は世界中見渡しても稀なほど生きもの好きの国民である。その証拠に日本が世界に誇れる文化としての“図鑑”がある。そして今回、究極な図鑑が出版された。世界にも例をみない蟻客を扱った図鑑だ。あえて言おう、「世界よ、これが図鑑だ。」
息を呑むほど決定的な瞬間を捉えた数々の生態写真が並び、簡潔かつ適切な解説と相まって、さながら報道写真展を見ているかのようだ。そして巻末の好蟻性生物に関する解説と日本産種の一覧は、たいへん有用なものである。甲虫では、オサムシ科(広義)3種、エンマムシ科7種、ムクゲキノコムシ科1種、ハネカクシ科(広義)54種、コガネムシ科1種、テントウダマシ科1種、ハムシ科1種、ミツギリゾウムシ科3種が、生態写真や美しい標本写真により掲載されている。また好白蟻性甲虫の12種も紹介されている。甲虫のパートの生態写真もどれも決定的瞬間を捉えたものばかりであるが、特に私が驚かされたものはオキナワヒゲカタアリヅカムシ(p. 34)の写真で、成虫と共に幼虫が撮影されている。アリヅカムシの幼虫の生態写真は初めてみたが、幼虫がこんな形態・質感だとは思っていなかった。ぜひ自分でも採ってみたいものだ。
「生命は細部に宿る」(加藤,2010,「生命は細部に宿りたまう」より)。アリの巣というミクロハビタットの中の世界がどんなに多様で広がりをみせているのかを、本書によりまざまざと見せつけられた。この点において本書は十分すぎるほどの成果をあげている。しかし丸山氏のコラム(p. 141)を読んで気付かされたが、アリの巣というミクロハビタットとそこに棲む生きものは、環境の改変やアルゼンチンアリの脅威により危機的な状況下にある。これまでこのミクロハビタットに、かくも多様で複雑な系が存在することがほとんど知られないまま、少数派であろうということだけで無視されてきたのである。生命は細部にこそ宿るのである。アリの巣をめぐる生きものについての研究とその保全は、本書をスタートラインとしてやっとはじまると言えよう。
余談だが、生態写真の撮影された場所を見ると松本市里山辺という地名が多い。さぞかし蟻客の多い素晴らしい環境なのだろうと思う読者もいるかも知れない。この里山辺は確かに蟻客の多い素晴らしい環境かも知れないが、それ以上にこれらの写真を撮影された小松さんのフィールドであり足繁く通われているのであろう。きっと里山辺のように“蟻客の多い素晴らしい環境”が身近にも発見されず眠っているに違いない。本書を手にしてぜひとも捜しあてたいものだ。
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