子供の頃、祖父の家の洗面台にはアルミ製の洗面器が置いてあった。ぼこぼこのその洗面器は水を溜めて、まさに顔や手を洗うために使われていた。幼い私は理解出来なかった。蛇口をひねると水が出て来るし、蛇口から直接水を使うのと、一旦洗面器に水を溜めて使うのとではどんな違いがあるのだろうか？ある時祖父に疑問をぶつけてみた。
「水が勿体ないから」
その祖父の答えは、私にはやはり理解出来なかった。だって使う水の量は直接蛇口から水を使ったってたいして変わりないはず。
「でもいいんだ」
そう言って祖父は洗面器を使い続け、蛇口から直接水を流して使う私のことを咎めることも無かった。
祖父も亡くなり家も建て替えられ、古い洗面所と共に小さなタイルが敷き詰められたいびつな洗面台とぼこぼこの洗面器は記憶の中だけのものとなった。
大人となり、あの時の祖父のことが何となく理解出来る歳になった。エコという言葉を聞くたびに、あの懐かしいぼこぼこの洗面器が頭に浮かぶ。
